6月23日、沖縄は「慰霊の日」を迎えました。77年前の沖縄戦で命を奪われた20万人余の犠牲者を追悼し恒久平和を誓う日です。「沖縄全戦没者追悼式」が糸満市の平和祈念公園で開かれ、小学2年生の少女が「平和の詩」を朗読しました。以下、紹介します。
「こわいをしって、へいわがわかった」 徳元 穂菜(ほのな)
びじゅつかんへお出かけ/おじいちゃんや/おばあちゃんも/いっしょに/みんなでお出かけ/うれしいな/こわくてかなしい絵だった/たくさんの人がしんでいた/小さな赤ちゃんや、おかあさん/風ぐるまや/チョウチョの絵もあったけど/とてもかなしい絵だった/おかあさんが、/七十七年前のおきなわの絵だと言った/ほんとうにあったことなのだ/たくさんの人たちがしんでいて/ガイコツもあった/わたしとおなじ年の子どもが/かなしそうに見ている/こわいよ/かなしいよ/かわいそうだよ/せんそうのはんたいはなに?/へいわ?/へいわってなに?/きゅうにこわくなって/おかあさんにくっついた/あたたかくてほっとした/これがへいわなのかな/おねえちゃんとけんかした/おかあさんは、二人の話を聞いてくれた/そして仲なおり/これがへいわなのかな/せんそうがこわいから/へいわをつかみたい/ずっとポケットにいれてもっておく/ぜったいおとさないように/なくさないように/わすれないように/こわいをしって、へいわがわかった
徳元さんが「こわくてかなしい絵だった」と表現したのは、宜野湾市の佐喜眞美術館にある「沖縄戦の図」のことです。その水墨画には「ありったけの地獄を集めた」とも言われる沖縄戦の実相が詰まっています。絵には画家の次の言葉が記されています。
沖縄戦の図/恥ずかしめを受ける前に死ね/手しゅりゅうだんを下さい/鎌で鍬でカミソリでやれ/親は子を夫は妻を/若ものはとしよりを/エメラルドの海は紅に/集団自決とは/手を下さない虐殺である
「Yahoo!ニュース/本屋大賞 2021年ノンフィクション本大賞」に選ばれた「海をあげる」は、基地に脅かされながら生きる沖縄での生活を強く静かに描いたエッセー集です。「(辺野古の)海が赤くにごった日から、私は言葉を失った。痛みを抱えて生きるとは、こういうことなのか。言葉に表せない苦しみを聞きとるには、こんなにも力がいるのか。」このような著者の言葉を読むと、沖縄の海をどうするのか、それを決める当事者は私達一人ひとりなのだと受け止めるしかありません。著者の上間陽子さんは、受賞のスピーチで次のような思いを語っておられました。子どもの頃、基地のそばで暮らしていた上間さんは、「車に乗るときにはすぐに車を施錠する」「誰かに連れ去られそうになったら、まずは走って逃げること」「捕まえられたら、とにかく暴れること」を教えられました。東京に出てから、あの決まりごとは、女であるというだけで狙われて、獲物にされることがあるという場所で育った特有の生活様式だったことを知りました。過去に5歳の女の子が連れ去られてレイプされて殺された事件や、12歳の女の子が集団レイプされた事件や、20歳の女性がウォーキングの途中で連れ去られて殺されて軍事演習をしている山に捨てられたこと。これらはすべて具体的な脅威です。自分のよろこびのすべてである娘が、誰かの獲物になることを想定すること。それがどんなにつらいことかと思いながら、娘が大きくなるのを眺めています。
今日も私たちが選んだ政権は、沖縄の美しい海を埋め立てるために土砂を投入し続けています。
7月10日は参議院選挙の投票日です。ウクライナ危機に乗じて浮き足立ったまま軍事増強路線に走ってよいのか、私たちの国は新しい憲法の下どのような方法で平和を作ろうと決心したのだったか、もう一度思い出して、この国の行く末を決める大切な一票を投じましょう。
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