私事ではございますが、先月の16日、前住職(釋雅道)の七回忌法要を執り行いました。お参りくださった皆様、誠に有り難うございました。また、仏教壮年会、仏教婦人会からご厚志をいただきました。併せてお礼申し上げます。
父がお浄土に還らせていただいてから、もう丸六年もの時間が過ぎ去りました。この間、浄光寺で行われる様々な活動も、ご門徒の方々やビハーラともの皆さまはじめ多くの方々の御陰様で何とか続けてこられました。また、直接顔を見ることは出来ませんでしたが、もう一人孫も生まれ、念願だった境内地の拡張も叶い、どれほど父がお浄土で喜んでくれているかと思います。
しかし、これはあくまで娑婆の話です。私たちの思い通りになっていることは良い出来事、思い通りにならないことは良くない出来事として一喜一憂しているに過ぎません。お浄土から還相回向のはたらきとして「南無阿弥陀仏」となって私たちに届いてくれている、父の願いにかなった生活が出来ているかと自分に問うてみれば、本当にお恥ずかしい私です。お念仏を申しながら、自分という物差しを離れて、仏さまの物差しで自分自身を見つめる目を育ててほしい、という本当の願いからは遠くかけ離れた日々を送った六年間だったと振り返らざるを得ません。
今を嘆いて終わったのでは、ただの愚痴です。今の自分の本当の姿を正しく見るということは、「いつかそのうち」ではなく、「今、ここ」を誤魔化さずに生きるということです。皆さま方にも、いずれお浄土でお会いしましょうという「倶会一処」の世界を共有していただければ、父にとってこれ以上の喜びはありません。
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